縁結びの地・奥出雲で採れた天然水「仁多水(じんおおすい)」の公式ネットショップ

奥出雲の水「仁多水」

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水は全て繋ぐ

2021年1月

普段は意識しない空間ですが、新年などは特に床の間に花を活け、掛け軸を変え、香を焚き、改まった気持ちになりたいと思うのは、日本人ならではの感覚でしょうか。

日本の住宅の畳の部屋に見られる座敷飾りの一つ「床の間」は、ハレの空間である客間の一角に造られ、床柱、床框などで構成され、季節に応じた掛け軸や香炉、花を飾る空間で、室内の最も大切な象徴的な場所で、大森貝塚を発見した動物学者フレデリック・モースは、床の間を日本家屋の精神性の中心と表現しました。
普段は意識しない空間ですが、新年などは特に床の間に花を活け、掛け軸を変え、香を焚き、改まった気持ちになりたいと思うのは、日本人ならではの感覚でしょうか。

日本の住宅の畳の部屋に見られる座敷飾りの一つ「床の間」は、ハレの空間である客間の一角に造られ、床柱、床框などで構成され、季節に応じた掛け軸や香炉、花を飾る空間で、室内の最も大切な象徴的な場所で、大森貝塚を発見した動物学者フレデリック・モースは、床の間を日本家屋の精神性の中心と表現しました。

普段は意識しない空間ですが、新年などは特に床の間に花を活け、掛け軸を変え、香を焚き、改まった気持ちになりたいと思うのは、日本人ならではの感覚でしょうか。

日本の住宅の畳の部屋に見られる座敷飾りの一つ「床の間」は、ハレの空間である客間の一角に造られ、床柱、床框などで構成され、季節に応じた掛け軸や香炉、花を飾る空間で、室内の最も大切な象徴的な場所で、大森貝塚を発見した動物学者フレデリック・モースは、床の間を日本家屋の精神性の中心と表現しました。

◇床の間の意味

日本建築に欠かせない床の間ですが、第二次大戦後、生活様式の変化に伴い、床の間の廃止が進んでいきました。平成や令和になっても、外国人が京都の町屋を借りたり、山村のひなびた廃屋を好んだり、海外の人にとって人気の高い日本家屋ですが、この床の間だけは謎らしく、使い方が分からないまま物置に使用したり、置き場所に困るトレーニングマシンを置いたりするようです。その行いには不快感すらおぼえた日本人ですが、急須を知らない現代日本の若者にはその感覚も廃れてきたようです。
日本人にとって床の間は、掛け軸や花がある神聖な場所で、子供時代、その上で遊ぶようなことがないよう、床の間に乗ってはいけないと注意されたものです。この床の間は、本来、どんな空間だったのでしょう。
日本建築に欠かせない床の間ですが、第二次大戦後、生活様式の変化に伴い、床の間の廃止が進んでいきました。平成や令和になっても、外国人が京都の町屋を借りたり、山村のひなびた廃屋を好んだり、海外の人にとって人気の高い日本家屋ですが、この床の間だけは謎らしく、使い方が分からないまま物置に使用したり、置き場所に困るトレーニングマシンを置いたりするようです。その行いには不快感すらおぼえた日本人ですが、急須を知らない現代日本の若者にはその感覚も廃れてきたようです。
日本人にとって床の間は、掛け軸や花がある神聖な場所で、子供時代、その上で遊ぶようなことがないよう、床の間に乗ってはいけないと注意されたものです。この床の間は、本来、どんな空間だったのでしょう。

日本建築に欠かせない床の間ですが、第二次大戦後、生活様式の変化に伴い、床の間の廃止が進んでいきました。平成や令和になっても、外国人が京都の町屋を借りたり、山村のひなびた廃屋を好んだり、海外の人にとって人気の高い日本家屋ですが、この床の間だけは謎らしく、使い方が分からないまま物置に使用したり、置き場所に困るトレーニングマシンを置いたりするようです。その行いには不快感すらおぼえた日本人ですが、急須を知らない現代日本の若者にはその感覚も廃れてきたようです。
日本人にとって床の間は、掛け軸や花がある神聖な場所で、子供時代、その上で遊ぶようなことがないよう、床の間に乗ってはいけないと注意されたものです。この床の間は、本来、どんな空間だったのでしょう。

◇床の間の形成

平安時代の貴族達が暮らしていた寝殿造は、白壁に囲まれた敷地内に、複数の離れ家を渡り廊下でコの字型に繋げたコテージ風で、室内は板張り、その上にゴザやムシロを敷いていました。ムシロは稲やイグサ、草で編んだ敷物の総称で、質素なイメージですが高貴な人のみに許されたものでした。
その敷物が変化して、厚く高さを持たせた藁床の表面にゴザ(ゴザはイグサで編んだものだけを指しムシロより肌触りが良く上質)を貼ったものが畳です。畳は貴人の特別な身分を表す敷物で、寝台の役割をも担っていました。
そして室町時代、武家社会になり生活スタイルも変化し、建築様式も寝殿から書院、方丈へと変わり、日本独特の畳を敷き詰めた和室の出現により、畳の意味が大きく変化します。畳の本来の、高貴な身分を表す敷物としての意味が損なわれてしまったのです。
そこで、身分の上下をはっきりさせるため、「上段の間」が考案されました。これは君主と家臣が接見する時に使われた部屋で、君主が着座する「上段の間」と家臣が着座する「下段の間」は続き間になっていて、上段の間は框と呼ばれる横木の分だけ高くなっていました。
けれど、この方式は広い面積が必要で、中級の武家や寺院は上段の間を設えることは困難でした。上段の間に座るのはあくまでも殿様一人なので、身分の差を表す手段として、上段の間を極限までコンパクトにした「床」を部屋の一角に設え、床に近い方が上坐という方式が誕生しました。
平安時代の貴族達が暮らしていた寝殿造は、白壁に囲まれた敷地内に、複数の離れ家を渡り廊下でコの字型に繋げたコテージ風で、室内は板張り、その上にゴザやムシロを敷いていました。ムシロは稲やイグサ、草で編んだ敷物の総称で、質素なイメージですが高貴な人のみに許されたものでした。
その敷物が変化して、厚く高さを持たせた藁床の表面にゴザ(ゴザはイグサで編んだものだけを指しムシロより肌触りが良く上質)を貼ったものが畳です。畳は貴人の特別な身分を表す敷物で、寝台の役割をも担っていました。
そして室町時代、武家社会になり生活スタイルも変化し、建築様式も寝殿から書院、方丈へと変わり、日本独特の畳を敷き詰めた和室の出現により、畳の意味が大きく変化します。畳の本来の、高貴な身分を表す敷物としての意味が損なわれてしまったのです。
そこで、身分の上下をはっきりさせるため、「上段の間」が考案されました。これは君主と家臣が接見する時に使われた部屋で、君主が着座する「上段の間」と家臣が着座する「下段の間」は続き間になっていて、上段の間は框と呼ばれる横木の分だけ高くなっていました。
けれど、この方式は広い面積が必要で、中級の武家や寺院は上段の間を設えることは困難でした。上段の間に座るのはあくまでも殿様一人なので、身分の差を表す手段として、上段の間を極限までコンパクトにした「床」を部屋の一角に設え、床に近い方が上坐という方式が誕生しました。

平安時代の貴族達が暮らしていた寝殿造は、白壁に囲まれた敷地内に、複数の離れ家を渡り廊下でコの字型に繋げたコテージ風で、室内は板張り、その上にゴザやムシロを敷いていました。ムシロは稲やイグサ、草で編んだ敷物の総称で、質素なイメージですが高貴な人のみに許されたものでした。
その敷物が変化して、厚く高さを持たせた藁床の表面にゴザ(ゴザはイグサで編んだものだけを指しムシロより肌触りが良く上質)を貼ったものが畳です。畳は貴人の特別な身分を表す敷物で、寝台の役割をも担っていました。
そして室町時代、武家社会になり生活スタイルも変化し、建築様式も寝殿から書院、方丈へと変わり、日本独特の畳を敷き詰めた和室の出現により、畳の意味が大きく変化します。畳の本来の、高貴な身分を表す敷物としての意味が損なわれてしまったのです。
そこで、身分の上下をはっきりさせるため、「上段の間」が考案されました。これは君主と家臣が接見する時に使われた部屋で、君主が着座する「上段の間」と家臣が着座する「下段の間」は続き間になっていて、上段の間は框と呼ばれる横木の分だけ高くなっていました。
けれど、この方式は広い面積が必要で、中級の武家や寺院は上段の間を設えることは困難でした。上段の間に座るのはあくまでも殿様一人なので、身分の差を表す手段として、上段の間を極限までコンパクトにした「床」を部屋の一角に設え、床に近い方が上坐という方式が誕生しました。

◇床を持つ部屋

床の間の「床」は寝る場所を表した文字です。それが転じて、一段高くなった板張りの場所を「床(とこ)」と呼ぶようになりました。一方、「間」は部屋を意味します。
平安時代の寝殿造りは複数の離れ家を渡り廊下で繋いだ構造で、仕事をせず優雅に暮らす貴族に適した建物でも、忙しく立ち働く武家や僧侶には不便な造りでした。そこで考案されたのが、家の中を複数の部屋に仕切り、役割別に小分けにした書院造りです。
各部屋は用途別に設計され、それぞれ居間、大広間、次の間、中の間、奥の間、「〇〇の間」という名称が付きました。
つまり、床の間とは「床を持つ部屋」の意味で、今ある形の数畳分の小さな設えだけを指すのではなく、部屋そのものの名称でした。
床の間の「床」は寝る場所を表した文字です。それが転じて、一段高くなった板張りの場所を「床(とこ)」と呼ぶようになりました。一方、「間」は部屋を意味します。
平安時代の寝殿造りは複数の離れ家を渡り廊下で繋いだ構造で、仕事をせず優雅に暮らす貴族に適した建物でも、忙しく立ち働く武家や僧侶には不便な造りでした。そこで考案されたのが、家の中を複数の部屋に仕切り、役割別に小分けにした書院造りです。
各部屋は用途別に設計され、それぞれ居間、大広間、次の間、中の間、奥の間、「〇〇の間」という名称が付きました。
つまり、床の間とは「床を持つ部屋」の意味で、今ある形の数畳分の小さな設えだけを指すのではなく、部屋そのものの名称でした。

床の間の「床」は寝る場所を表した文字です。それが転じて、一段高くなった板張りの場所を「床(とこ)」と呼ぶようになりました。一方、「間」は部屋を意味します。
平安時代の寝殿造りは複数の離れ家を渡り廊下で繋いだ構造で、仕事をせず優雅に暮らす貴族に適した建物でも、忙しく立ち働く武家や僧侶には不便な造りでした。そこで考案されたのが、家の中を複数の部屋に仕切り、役割別に小分けにした書院造りです。
各部屋は用途別に設計され、それぞれ居間、大広間、次の間、中の間、奥の間、「〇〇の間」という名称が付きました。
つまり、床の間とは「床を持つ部屋」の意味で、今ある形の数畳分の小さな設えだけを指すのではなく、部屋そのものの名称でした。

◇精神世界へ誘う空間へ

身分を表す為の床の間は、時代と共に精神世界へ誘う象徴的存在に変わっていきます。
室町時代、方丈に床の間が登場した際、床の間は仏像仏画を設え、信仰心や思想、信条を掲げ自らの心を見つめ、来客に対しては偽りなき心を表す表現空間に変容していきます。
身分を表す為の床の間は、時代と共に精神世界へ誘う象徴的存在に変わっていきます。
室町時代、方丈に床の間が登場した際、床の間は仏像仏画を設え、信仰心や思想、信条を掲げ自らの心を見つめ、来客に対しては偽りなき心を表す表現空間に変容していきます。

身分を表す為の床の間は、時代と共に精神世界へ誘う象徴的存在に変わっていきます。
室町時代、方丈に床の間が登場した際、床の間は仏像仏画を設え、信仰心や思想、信条を掲げ自らの心を見つめ、来客に対しては偽りなき心を表す表現空間に変容していきます。

◇茶の湯における床の間

この後、茶の湯の影響で、床の間は更に成熟していきます。亭主と客が各々の精神世界を対峙させ、時に融和させ、小宇宙を茶室の中に作り出していくのに必要だったのが床の間です。
床の間には、その日の茶席のテーマが掛け軸に掲げられ、吟味された置物や花、空間そのものが禅問答のようであり、茶室という一坪程度の閉鎖空間で行われる無言劇でもあるのです。
一期一会、一生に一度しかない「時と場所と人」。この出会いに無心で臨むことが茶会の本義で、狭く小さな茶室空間を、精神という無限の広がりに昇華させ宇宙生命との一体化を促すものが「床の間」でした。
この後、茶の湯の影響で、床の間は更に成熟していきます。亭主と客が各々の精神世界を対峙させ、時に融和させ、小宇宙を茶室の中に作り出していくのに必要だったのが床の間です。
床の間には、その日の茶席のテーマが掛け軸に掲げられ、吟味された置物や花、空間そのものが禅問答のようであり、茶室という一坪程度の閉鎖空間で行われる無言劇でもあるのです。
一期一会、一生に一度しかない「時と場所と人」。この出会いに無心で臨むことが茶会の本義で、狭く小さな茶室空間を、精神という無限の広がりに昇華させ宇宙生命との一体化を促すものが「床の間」でした。

この後、茶の湯の影響で、床の間は更に成熟していきます。亭主と客が各々の精神世界を対峙させ、時に融和させ、小宇宙を茶室の中に作り出していくのに必要だったのが床の間です。
床の間には、その日の茶席のテーマが掛け軸に掲げられ、吟味された置物や花、空間そのものが禅問答のようであり、茶室という一坪程度の閉鎖空間で行われる無言劇でもあるのです。
一期一会、一生に一度しかない「時と場所と人」。この出会いに無心で臨むことが茶会の本義で、狭く小さな茶室空間を、精神という無限の広がりに昇華させ宇宙生命との一体化を促すものが「床の間」でした。

◇正月の花

床の間に飾る生け花は、「歳寒三友」と称される松竹梅、千両万両(金運)、南天(難を転じる魔除け)、福寿草(福を告げる)、水仙(水の中の仙人)、菊(不老長寿)、葉牡丹(吉が重なる)など、縁起がよいとされる花を活けます。気を付けるのは、床の間には掛け軸も飾るため、掛け軸に描かれている植物は避けることです。
床の間に飾る生け花は、「歳寒三友」と称される松竹梅、千両万両(金運)、南天(難を転じる魔除け)、福寿草(福を告げる)、水仙(水の中の仙人)、菊(不老長寿)、葉牡丹(吉が重なる)など、縁起がよいとされる花を活けます。気を付けるのは、床の間には掛け軸も飾るため、掛け軸に描かれている植物は避けることです。

床の間に飾る生け花は、「歳寒三友」と称される松竹梅、千両万両(金運)、南天(難を転じる魔除け)、福寿草(福を告げる)、水仙(水の中の仙人)、菊(不老長寿)、葉牡丹(吉が重なる)など、縁起がよいとされる花を活けます。気を付けるのは、床の間には掛け軸も飾るため、掛け軸に描かれている植物は避けることです。

◇2021年 お題香

2021年宮中歌会始のお題は「実」です。コロナ禍という厳しく寒い冬を越えて春を迎える、そんな希望に溢れたお題です。その先に、平和の象徴「オリンピック」の結実があるのかもしれません。大和(やまと)の国として、世界に希望の灯りを燈すことができればと、願っています。
2021年宮中歌会始のお題は「実」です。コロナ禍という厳しく寒い冬を越えて春を迎える、そんな希望に溢れたお題です。その先に、平和の象徴「オリンピック」の結実があるのかもしれません。大和(やまと)の国として、世界に希望の灯りを燈すことができればと、願っています。

2021年宮中歌会始のお題は「実」です。コロナ禍という厳しく寒い冬を越えて春を迎える、そんな希望に溢れたお題です。その先に、平和の象徴「オリンピック」の結実があるのかもしれません。大和(やまと)の国として、世界に希望の灯りを燈すことができればと、願っています。

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