２０２１年３月

古来より中国では、桃は単なる「果物」ではなく、不老不死の食物と考えられてきました。桃が描かれた茶器を「蟠桃茶杯」、桃がモチーフにされていたり、形が桃の形になっていたりして、桃が表現されている急須を「蟠桃急須」といいます。

多くの伝説を持ち、桃源郷の「仙果」として考えられてきた中国原産の「蟠桃」は別名「座禅桃」。座禅をくんだような奇妙な形をしています。扁平な形で上も下も中心部分がくぼんでいる蟠桃は、ドーナツのようでもあり、桃のできそこない？？？と思われがちですが、この形こそ「由緒正しい蟠桃」なのです。
「蟠」という字は「蟠る（わだかまる）」、不平や不満で心がすっきりしない状態で、「かがんでうずくまる様子」「リング状に巻いている様子」といった意味もあるとされます。

奇妙な形ですが、食べてみると独特で濃厚な味わい、初めての味覚に驚くはずです。
皮をむく時、柔らか過ぎと思っても、しっかりしたきめ細やかな果肉で、少しねっとりした食感。濃厚な甘みと香りでみずみずしく、もっちり感のある桃です。固い内に食べると柿みたいな味がします。熟すとぐんと甘味が増しますが、足の早い桃なので、食べ時の見極めは難しいようです。
種は普通の桃の5分の1位の大きさなので、見た目より果肉が多く、食べ応えのある桃です。果肉にナイフで切れ目を入れると種離れがよく、果肉が二つに割れる感覚で、熟しているものだと皮はするっと剥けます。

この中国原産の伝説の桃は、日本では栽培に手間がかかると敬遠され生産者が少ないので（福島県や和歌山県などで僅かに生産）高価な桃となっていますが、原産国の中国やヨーロッパでも沢山出回っています。スペイン産の蟠桃（バントウ）Plattpfirsiche（平桃）は香りが良く果肉も甘く、安くて美味しい果物としてポピュラーです。

【西王母】

古来より中国で桃は不老長寿・幸運の果実と称されますが、それには女仙「西王母（せいおうぼ）」の伝説が関係しているようです。
古代中国で仙境といわれていた場所は二つ。東の蓬莱山と西の崑崙山で、この二つの伝説上の山岳には不老不死の薬があると、今に伝わります。
西の崑崙山の主人・王母娘娘（ワンムーニャンニャン）は、西を統べる王母だから西王母と呼ばれてきました。道教の最高位の神、玉皇（ぎょっこう）大帝の奥方、最高位の女神で、「九霊太妙亀山金母」「太虚九光亀台金母元君」と呼ばれ、かつては疫病や刑罰を司る神様でしたが、周から漢の時代にかけ神仙思想と結びついて変容し、不死薬（霊丹妙薬）や桃（蟠桃）を有する長寿の神、不老不死を司る神という性格が加えられていったようです。

【崑崙山の桃】

西王母を描いた絵には桃が描かれています。古代から、桃と魔よけの力が結びつき、杖やお札に使われてきましたが、崑崙山には王母桃または蟠桃といわれる桃があるといわれていました。この桃が不老長寿の桃です。
不老長寿を司る西王母が管理していた桃園に、三千年に1度だけ実るこの仙桃は、とても小さく、銃の玉ほどの大きさしかないと言われ、日本の曾我物語（南北朝頃）でも、「三千年に花さき実なるせいわうぼうの園のもも、うどんげよりもめづらしや」と謳われています。

【優曇華（ウドンゲ）】

ウドンゲも珍しいものの譬えです。三千年に一度咲く花「ウダンバラの現れは瑞祥の兆である」と無量寿経にあり、この花が現れた時は、七宝を持ち、武力を使わないで正義と正法の輪を回し世界を支配する理想の帝王・転輪聖王が正法に現れることを意味するようです。
※梵語のउडुम्बर（uḍumbara）が語源で「優曇華」「憂曇華」。正式名称は優曇波羅華（ウドンバラゲ）。

【三千年（みちとせ）】

仙桃もウダンバラも、三千年に一度のものですが、どちらも、めったに手に入らない珍しいもの、珍しく得がたいもの、長寿の譬えで、そこから「三千年（みちとせ）＝非常に珍しくめでたいもの」という言葉が誕生しました。

【楊貴妃伝説】

蟠桃をこよなく愛した楊貴妃伝説。
宮廷の果樹園でこの蟠桃を栽培させ、他のものが勝手に食すると、死罪にされたとか。
楊貴妃は、不老長寿、美に欠かせない食材のひとつとして執着していたのかもしれません。

【西遊記の蟠桃伝説】

西遊記に登場した蟠桃・・・仙術も会得した孫悟空は天界の一員となり、果樹園の管理人に任じられます。その果樹園には3600本の桃の木があり、3000年に一度実をつける手前の1200本を食べると仙人になれ、6000年に一度実をつける真ん中の1200本を食べると不老不死になり、9000年に一度実をつける一番奥の1200本を食べると天地があらんかぎり生き長らえる、土地神か聞いた孫悟空と猪八戒は、西王母｛中国の伝説に出てくる仙女｝の誕生日（3月3日）に食べる慣わしになっていたこの大切な桃を、お腹がいっぱいになるまで勝手に食い荒らし、八卦炉に封じられ、焼き殺されそうになりますが耐え抜き、体が鍛えられたが煙に弱くなった・・・とか。この後、三蔵法師のお供をして天竺に行ったのです。

【西王母から授かった蟠桃の種と武帝】

歴史上では中国前漢の第7代皇帝、武帝が西王母から蟠桃を授かったとの記載があります。武帝は桃を食べた後、種を残しましたが明の時代の時にそれを見た人がいると言います。
武帝は生まれつき才知に優れ、3歳のときには上古からの聖賢の著作や、陰陽五行および国の政策に関する文書など数万字に達する古典を一文字も間違えずに暗記することができました。7歳の時、父親の景帝は、彼があまりにも聡明で透徹していたので、彼の名前を劉徹と変えました。
武帝は即位後、治世のほか仙人道術の修煉にも夢中になり、名山大河や五嶽（中国で古来崇拝される五つの名山）をよく訪問し、神霊を祀りました。
元封元年4月のある日、武帝が承華殿で大臣と話している時、青色の衣装の娘が目の前に現れ「私は天宮の天女で、西王母の命令で王様を見に崑崙山から来ました」と言い、武帝にその日から国事は問わず、齋戒に専念するとことを求め7月7日に西王母が自ら承華殿に臨むと告げると、さっと姿が消えました。その日から武帝は国の政務を宰相に任せ、自分は仙人を迎える居館で一心に齋戒し始めました。
7月7日、武帝は承華殿に西王母の玉座を設置し、床に濃い紫色の高貴なカーペットを敷き、百合の香りの練香を薫き、明るく蠟燭を灯し、極上の果物や美酒を並べました。武帝は誰も大殿の中を覗かないように命じ、華麗な礼服を着て、玉の階段の下で恭しく西王母の到来を待ちました。
夜中になると、西王母は九色の龍が引く紫雲仙車に乗って承華殿に降りました。それと共に簫（しょう）と鼓で奏でる美しい仙楽が鳴り響き、数千の仙人が西王母の左右に仕え、仙人たちの放つ光は宮殿を眩しく照らしました。
西王母が仙車から降りてくると随従の仙人たちは姿を消し、50人位の背丈が高い侍衛の仙人だけが残りました。彼らは金剛寶印を身に付け、頭には天真冠をかぶり、手に儀仗（ぎじょう）を持って整然と宮殿の前に立っていました。西王母が席に着くと、武帝は恭しく五体投地の礼をしました。西王母は天宮の調理師を連れてきましたが、彼らが持ってきた果物と美酒は名も知らない珍しいものでした。宴会の途中、西王母は仕える天女に仙桃を持ってくるよう命じました。しばらくすると天女は玉の皿に7個の桃を持ってきました。桃は淡い青色をしていて、西王母は武帝に4個をあげ、自分は3個食べました。

武帝が桃を食べると、とても甘く美味しく、食べ終わった桃の種は全て保存しました。西王母がなぜ種を保存するのかと聞くと、武帝は「後日植えてみたい」と答えました。西王母は「この仙桃は三千年に一回実がなるもの、不毛な人間の土地では育てられないでしょう」と言いました。
その後、仙桃の種の行方は不明となりましたが、明の時代の官僚、王世貞（おうせいてい）が著した『宛委餘編』では、宮廷府庫から桃の種が見つかったと記されています。その種は長さ15㎝、幅12㎝で、そこには「西王母が承華殿で武帝に蟠桃を贈った」と書かれていたそうです。

【桃の節句】

西王母のお誕生日は、三月三日、桃の節句です。
桃の木には、体の中の悪いものを取り除く力があるとされ、それが、日本に伝わり、ひな祭りの時に、桃の花が使われるようになったようです。

【桃の魔よけの力】

桃太郎の話は鬼退治で有名ですが、桃には霊力があると昔から考えられていたので、鬼＝邪気「厄」を祓うために、桃を使った話が生まれたようです。

節分には、桃の枝で作った弓で、葦の矢を打って鬼を祓う儀式が伝わっている神社もあり、百手祭りの原形のようです。百手祭りは桃手祭りと書くところもあり、祝詞には、「桃の木の里～」言う言葉が出てくるそうです。

魔よけのために、寺院の建物や門に桃が彫られているのも目にすることがあります。
今でも中国では、誕生日など祝いの席に「桃まんじゅう」が並びます。風水でも、桃・橘・柘榴（ざくろ）は「三柑の実」と呼ばれ、幸運を呼ぶ果物とされています。

【オオカムヅミノミコト】

『古事記』にも桃が登場します。国祖の伊邪那岐様が黄泉から脱出する際、3つの桃を投げつけると追ってくる魔物は退散。
ここから「桃＝邪鬼を払う」というイメージが定着し、
「お前が私を助けたように、葦原の中つ国（あしはらのなかつくに）の人間が苦しみ困っていたら、助けてあげなさい」と、伊邪那岐様が「桃」に意富加牟豆実命（オオカムズミノミコト）という神名をと授けられ、各所の神社で祀られるようになりました。

【桃太郎神社】

オオカムヅミを祀る神社のうち、特に有名なのが「桃形鳥居」のある愛知県の桃太郎神社。「桃形鳥居をくぐれば悪は去る（サル）、病は居ぬ（イヌ）、災は来じ（キジ）」…だとか。
御鎮座は昭和5年。桃太郎神社の位置する愛知県犬山市の木曽川沿岸に桃太郎誕生地伝説があり、鬼退治をした桃太郎は桃の実から現れた大神実命であると伝えられ、御祭神となっています。神社奥の桃山は桃太郎が最後に姿を隠したところと伝えられ、太古からこの山をご神体として地域信仰の対象になっておりました。

【桃源郷】

「桃源郷」という言葉のルーツも中国です。元になったのは、文学者・陶淵明（とうえんめい）の「桃花源記（とうかげんき）」。漁師が、桃林の奥に戦禍を逃れた人々が俗世と離れて暮らす村を見つける……というもの。ここから「桃源郷＝理想郷」という意味になりました。
人間の本当の幸福は、花咲く里で芳しく、仲良くのんびり暮らすことなのでしょう。

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